『広辞苑』は一九五五年に初版を刊行、それから六〇年余が経ちました。この六〇年の間、改訂を重ねてまいりましたが、この度、一〇年ぶりの改訂新版となる第七版を刊行する運びとなりました。『広辞苑』は長い年月を経て、読者の皆様に愛され、信頼を厚くし、いまや「国語+百科」辞典の最高峰、「国民的辞典」と言われるまでに成長しました。
日本語の語彙と表現は、古代から現代に至るまで、日本語を使う無数の人々によって大きく豊かに育てられてきました。この日本語という沃野を耕してきたのは人々の自由な心です。言葉は、自由な発想から芽吹き、人々の手で自由に選びとられ、愛され、そして縦横に駆使されることによって、広がり、深められ、定着していきます。
二〇一七年五月に亡くなられた作家の杉本苑子さんは、随想『春風秋雨』で、「葬式も墓も無用、骨は海にでも撒いてしまってほしい」と書き、続けて、文学者の墓の自分の名の下に、
「使い古した『広辞苑』を一冊、埋めてくれ」
と遺言した、と記しておられます。
言葉を頼りに作品を紡ぎ出す作家が、手元の『広辞苑』を何度も引きつつ原稿用紙に向かう姿が目に浮かびます。あえて『広辞苑』と言われたことに、杉本さんの強い愛情と信頼を感じます。
こうした愛情と信頼に応えるため、『広辞苑』は、たゆむことなく言葉に向き合い、表現を磨き続けてきました。『広辞苑』の辞典としての特長は、その語釈が簡潔かつ的確であることに尽きます。これこそが、長くなりがちで要点をつかみにくいインターネット上の表現との決定的な違いです。
激変する世界にあって意味を見失った言葉の氾濫する今日、ますます求められるたしかな言葉。人は言葉によって自分自身を知り、他者を知り、生きる勇気と誇りを手にすることが出来る。言葉は、人を自由にするのです。
第六版から一〇年、さらに磨きをかけた第七版が誕生します。皆さまの一層のご支持ご愛用を願ってやみません。